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| 平成13年の高崎線に続き平成16年10月には宇都宮線から115系は引退しました。現在では群馬県の高崎駅より先に行けば現役の115系を結構見ることができます。115系は製造開始された昭和38年から約20年間で1900両余りが作られました。そして昭和61年に211系が誕生するまで昭和50年代において国鉄時代の近郊型電車として東海道線などの113系に続いて大きな勢力を誇りました。そのような50年代の初めに撮影した15連の115系の画像をアップしました。まだ冷房化途中の編成で現在の宇都宮線を走る211系、E231系などと比べると興味深いものがあります。まずこの編成は、小金井発の大宮行きで15両編成で運転されている非冷房車と冷房車が混ざった編成です。次に115系の先頭にはシールドビーム化される前の大きな前照ライト、屋根を見るとクーラーのないベンチレーターだけの屋根、更に非冷房車であるために開けられた窓、中には全開している窓も見られます。また、クハの車両には運転台と反対側にトイレがついていますが、この1編成だけで数えると7箇所もありました。しかもこの時代の列車トイレはトイレの下に汚水タンクがないのですべて垂れ流しです。また、列車側面がいやにすっきりしていると思ったら両開きドアやその戸袋の窓にシール等も何も張っていません。現在ドアの窓には戸袋に引き込まれないよう注意書き等があり、また広告も良く貼られていますが、新車で登場したばかりでもないのに、これらが全く貼られていないので非常にすっきりして見えます。今の若い人にはこのような電車が走っていたのを逆に新鮮に見えるかもしれませんね。ホームページにアップしている他のカラ−の115系は平成の時代になって引退する頃までのスリット写真です。カラー写真との違いはありますが、是非見比べてくさい。昭和52年5月4日 東北本線久喜駅付近で撮影 |